TOPアメリカン・プロレスWWE 2025年 →WWE:Saturday Night's Main Event John Cena's Final Match 12/13/2025

WWE:Saturday Night's Main Event John Cena's Final Match 12/13/2025の分析


名勝負 ジョン・シナvs.ギュンター(Saturday Night's Main Event John Cena's Final Match 12/13/2025)
好勝負 なし

@コーディ・ローズvs.オバ・フェミ
Aソル・ルッカvs.ベイリー
BAJスタイルズ、ドラゴン・リーvs.ジェヴォン・エヴァンス、レオン・スレーター

Cジョン・シナvs.ギュンター(Saturday Night's Main Event John Cena's Final Match 12/13/2025)
 カート・アングルやRVD含め様々なスパスタがリングサイドで見守り、
 各試合の間にはザ・ロックなど来場できなかったスパスタも送別のメッセージ。

 SNMEというと繋ぎのイベント感丸出し、簡素な印象が強いものの
 今回は脇を固める他の豪華試合の試合時間が10分未満なだけ。
 むしろそれもあって本筋のシナ引退を中心に厳かにイベントが組み立てられていましたね。
 
 非常に良い雰囲気の中で遂にメイン・イベント。
 ギュンターが入場した後、リングを空けます。

 シナの入場順だと皆が認知して暗転させるまでの余白の開け方、
 暗転させた後音楽をかけるまでの間、
 観客の反応を見た上での動き出し、音響さんナイス・ワークでしたね。

 シナが登場。
 一時期コントロパーシャルな存在でもあったシナが
 最高の一体感と全肯定で出迎えを受けます。

 リング・アナウンサーはリリアン・ガルシアで、
 これまたファンが一緒に声出ししやすいようにアナウンス。
 最高のお膳立てでした。

 試合が始まればギュンターの打撃一発にシナがダウン・モード。
 トップ戦線を本格的に牽引し始めると共に始めた
 2000年代後半の王者時代のスタイルですね。
 他と違うダメージ感覚に対して
 当時はそれを毛嫌いするファンもそれなりにいた印象ですが、それをここで再現。
  
 スピーディな切り返し合いやハードコアでのダメージ・フィット、
 特殊な演出もない中で普遍的なスキルが求められます。

 事前のRawでのプロモでシナをエンターテイナーと呼び、
 自分はプロ・レスラーだと名乗ったギュンターが
 空気感を読み込みながら間を巧みに使って応対します。

 シナ全肯定=ギュンターは敵対者に位置付けられますが、
 ここでヒール「キャラ」に入り込まず、
 無色に佇まいながら敵対的介錯を狙いに行きます。

 この無色の塩梅こそがこの試合において重要な要素。
 これを他の誰に出来たか。
 ロスターを全員眺め直してもいないんですよね。

 引退ツアーの中で戦ったパンクやオートンには歴史があって、
 その関係性で個そのものの焦点からぶれるし、
 彼らもまたベテランとなりシナがダウン・モードに入るだけの身体的強者ではなくなっています。

 また、コーディのような時代の顔が相手となったり(+王座が絡むと)、
 承継としてのバトン・タッチ、やはりその関係性に比重が傾いてしまう。

 これからのWWEを担っていく存在の為になることをしたい、という意向がありつつも
 LAナイト(年齢とスキルはさておき)もまた
 エンターテイナーとしての色が濃く、やっぱり違ったでしょう。

 ブロン・ブレーカーはスキルの向上が見られますが、
 身体性を失いつつある相手に対する対応はまだまだ。

 そうなると唯一対抗馬としてあり得たのは
 トーナメント未参加者ながらオバ・フェミぐらいだと真剣に思いますが、
 それでもまた彼のパワフルさはシナに負荷がかかるし、
 そこに相対する中で構図がキャラクターの領域になってしまう。

 やっぱりギュンターしかいなかったですね。
 WWEで評価、実績を得つつ
 悪い意味でもプロレスラーをアイデンティティにせざるを得なかったギュンターこそ
 この透明感を持ってシナと応対できる介錯者であったと思います。

 シナの受け身は緩慢で、打撃の精度もいまいちですが
 定番ムーブの流れと一体感はこの1年の背景を踏まえて最高のレベルです。

 vs.コーディのように必殺技の大盤振る舞いでもなく、
 vs.AJのようにキャリア終盤の新技開発に取り組んだ延長のクリエイト・ア・レスラー・モードでもなく、
 シンプルに、シンプルに削ぎ落した技セットで攻防を繰り広げます。

 そして同じくギュンターも削ぎ落して
 同じ技を繰り返す中で、見せ方を変えて、テンポを変えて、ストーリー・テリング。

 大切に積み上げられた4発のAAを経て、
 最後はスリーパーを巡るクライマックス。
 レフェリー・チェックの3度目でシナが腕を上げるも
 最後は崩れ落ちてタップ・アウト。

 レスラー人生5回目のタップ・アウトですが、
 過去の4回は、2002年のvs.ジェリコ、2003年のvs.ベノワ、
 2003年&2005年のvs.カート・アングル、と初期の頃であり、
 Never Give Upを掲げてからは初めて、非常に重い意味合いを持ちますね。

 そしてそれを苦しそうな表情ではなく、ほのかに微笑んで、
 弱弱しくではなく、優しくタップ。
 シナ・フォーエバーの方法もあった中でそれを選ばず、
 最期は華々しくではなく、静かに終える。
 
 ハッスル、ロイヤリティー、リスペクト…
 リアルに紐づいたキャラクターというのは
 キャラクターが本物になる秘訣であり、
 紐づいているからこそ不協和音はないですが、
 素の顔と仕事の顔が入り混じって分離できない辛さもある。
 その中でのこれほどまでの献身たるや筆舌に尽くしがたいものがあります。

 スーパー・ヒーロー、業界の顔たる重責を負った人間が
 最後にそれを手放した時の消え入る火の儚さと、
 それを手放してよいと思えた時の安堵感。

 この感情の迸りを表に出したことは
 WWEに身を捧げてきたシナが最後に見せたエゴとも言えて、
 プロレス史上、最も美しい敗北のシーンですね。

 アメリカン・プロレスはキャラクター性、エンタメ性が強いからこそ
 年齢を重ねて体がついていかなくなっても
 下野したり、郷愁に生きればそのキャラのまま
 結構いくらでも試合が続けられてしまいます。
 そうやってあがき続けるのも決して悪いことではありませんが、
 キャラクターに乗っ取られる危険性と隣り合わせの道です。

 また、一方で引退を真剣に考えてもそのタイミングというのは非常に難しく、
 体に爆弾を抱えて継続が困難になるという後ろ向きな理由が後押しだったり、
 そうでなくても決断が遅れて引退試合で適切なパフォーマンスが出来なかった、というのは良くある話です。

 それを考えるとこのジョン・シナの終活は
 ヒール・ターンの帰結で予期せぬこともありつつも非常に濃密で、
 こうして最期のポイントまで無事辿り着けたというのは
 まさしく大往生で、幸せな死であったと思います。

 別れとは寂しいもので、いくら良いカタチであろうとその悲しみ自体がなくなることもなく、
 その事実と結末のつけ方にシナ本人の意思と理解しつつも
 HHHに八つ当たりのブーイングを送るファンも出てくるのは理解できる。

 試合後、起き上がったシナは四方に一礼。
 パンクとコーディが現ベルトをシナの両肩にかけて称え、
 HHHはトリビュート・ビデオを贈ります。
 リングでのキャリアを終えたシナはマイクを持つことなく、
 レスリング・シューズ、リスト・バンドをリングに残し勇退。

 最後はバックステージに姿を消す前に振り返り、生の言葉で感謝のメッセージ。
 “It’s been a pleasure serving you all these years, thank you.”

 試合の評価においては、それまでの実績や思い入れ、
 試合前後のセグメントは影響を与えないものと考えていますが、
 この試合は数少ない例外で、
 試合設計と表現にそれまでの経歴と、引退ツアーの内容と、引退に対する思いが全部繋がっている。
 
 なので、23分43秒に対するぎりぎり好勝負、という評価ではなく、
 ジョン・シナの引退試合という総体に対して、ぎりぎり名勝負、という評価をします。
 
 最高に痺れました。
 ジョン・シナ、あなたはGOAT(史上最高)だ。
 アンバサダーとして元気な顔をまた見せてくれるのでしょう。
 それでも今は、さようなら、そしてお疲れ様でした。
 あなたの多大なる献身に感謝を込めて。

 (執筆日:12/15/25)