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コラム:世界最長のプロレスの分析


世界最長のプロレスの試合は何だろうか、と問いかける。
日本のプロレス・ファンなら新日本プロレスの、猪木vs.マサ斉藤(10/24/87)の巌流島決戦、2時間5分14秒の試合だろう、と言うでしょう。
少々ひねくれているならつぼ原人vs.リレー少年(10/17/00)の4時間53分の試合を挙げるかもしれないし、
MMAをプロレスの延長として見ていれば、Prideの桜庭vs.ホイス・グレイシーの90分の試合を挙げるかもしれない。
一方でWWEファンなら即座にアイアン・マン・マッチを連想し、
延長したHBK vs.ブレット、ブレットvs.オーエンを出すだろう。
インディーに詳しければIWA MSのパンクvs.ヒーロー、92分の試合を挙げ、
女子なら先日WSUで行なわれたレクサスvs.メルセデスの73分の試合ですね、と付け加えるかもしれない。

各ジャンルから名前が出てくるであろう試合を挙げたが
それらの試合群はこれが単なる知識を問う問題でないことを仄めかしている。

さて、ここで権威に話を聞いてみましょう。
そう世界記録といえばギネス・ワールド・レコードです。
ギネス・ワールド・レコードにこの問いをぶつけてみようではありませんか。
ギネス・ワールド・レコードはこう答える。
Shockwave Impact Wrestlingが行なった12時間アイアンマン・4コーナー・マッチ:ダーク・エンジェルvs.ティム・ルッツvs.アメリカン・キックボクサーIIvs.DJトム・シャープvs.ローガン・クロスvs.シッド・ファビュラス(6/12/10)が記録保持者だ、と。

あぁ、そうだったんだ。12時間アイアンマン・4コーナー・マッチが世界最長のプロレスなんだね・・・
って、そうは問屋が下ろさない。
どう考えたってタッチしながら技をつないでいくだけでしょう。
控えに回れば休めるし、リングに入っているのは単純計算4時間じゃないか。
そもそも誰が勝ったか、という結果すら分からないのはどういうことだい。
お天道様とプロレス・ファンが認められる試合じゃないぜ。
べらんめえ。

論点を明らかにするためにもう一つ話をしましょうか。
世界最長記録と言う豪華絢爛な張りぼてには
有象無象のやからが集まってきます。
記録を狙ったのは上記SIWの団体だけではありません。
そんな記録を作ろうと思い立ったある男の話です。
ご存知の通りギネス記録に認定されるためには予め申請する必要があります。
そこで男は世界最長のプロレスの記録を作りたいのですが、とギネス・ワールド・レコードを訪れた。
事務局員はそのカテゴリーの記録はないですね、と言う。
それならOKなんですね、と男が尋ねると
事務局員はただし最低11時間40分以上の試合にして下さいね、と続ける。
詳しく聞くと1912年夏季オリンピックで行なわれた
グレコローマン・ミドル級のAlfred AsikainenとMartin Kleinの一戦が参考記録だから、と言うのです。
アマレスの試合じゃないか、と憤ってみたところで
1900年初期の試合を一つ一つ検証する術なく、
ギネス記録に認定されるためには11時間40分以上の試合でなければならない事に合意せざるをえなかったのでした。

そう、これはプロレスとは何か、
アマレス、総合格闘技とを分ける絶対的な判断基準はあるのか、という根源的問題だったのでした!

と大きくぶちまけておきながら
1コラムに収めるためにあくせくと風呂敷を折り畳んで
この代替案で手を打ってくれないか、と交渉に打って出る。
世界最長記録のプロレスを認定するにあたって基準を設けましょう。
簡単な3つの基準です。
1.映像として残っていて、一般の人々が見ようと思えば見れること。
2.一部しか見ることができない場合は見る事ができない部分の時間をカウントしない。
3.多人数マッチは形式に応じて試合時間を割る。
概ね大多数の人がそれなら、と一応納得のいく基準ではないでしょうか。

この基準に照らして検証していきましょう。
映像に残っていないという理由でAsikainen vs.Klein含め1900年初期の試合も除外されます。
それでも参考記録という意味で一通り押さえておいた方が良いかもしれません。
Asikainen vs.Kleinがアマレスであることは確認しようがなくても間違いないでしょう。
興行として行なわれた試合の中にも2時間越えの試合は結構あったようです。
ここでは有名なEd Lewis vs.Joe Stecher(7/4/16)の5時間30分を参考記録として採用したいと思います。
5時間30分も続けて引き分けにするのですから勝敗は決められていなかったのでしょうが、
後の映像を見る限り、決着を第一の優先事項に置いておらず、
プロレスラーとして活動しているのでこの試合もプロレスだったのだろう、と推測しても問題はないでしょう。

5時間40分を頭の隅に置きながら近代以降の試合を見てみましょう。
つぼ原人vs.リレー少年ですが、途中でバック・ステージに引っ込み最後に再び出てきて決着シーンのみ見せているので
ルール2により候補から除外されます。
そもそも映像として残っているのかも存じ上げませんが。
同様の手法を使ったものとしてChikaraの時間無制限ノー・カウントアウト:ダークネス・クラブツリーvs.ランス・ストーム(10/29/04-10/30/04)がありますね。
2日間の興行を使って実現させたこの23時間36分という記録も認めることはできません。

では猪木vs.マサ斉藤はどうでしょうか。
あの試合はゴング開始後、猪木がテントから出ずに斉藤を待ちぼうけにして相当の時間が流れました。
しかしこれはOKでしょう。
そこには武蔵x小次郎になぞらえた戦略的意味合いがありましたし、
だからこそその待ちぼうけの時間も含めて映像として残っている。

他にはECCWが行なった72時間20マン・バトル・ロイヤル(4/2/09-4/5/09)があります。
バトル・ロイヤルなので優勝者レイ・ブルックスは最初から最後までリングにいたはずで
ルール1を適用しても記録は72時間となります。
しかし映像として全部が残っていないので除外ですね。
(一部はYoutubeにあります)
ちなみにこの試合はWrestling with Hungerと題して
生活困窮者に食料を配給するFood bankと協賛のチャリティー・イベントとして行なわれました。
同様にギネス記録のSIWの12時間アイアン・マン・4コーナー・マッチも一部しか映像が見られないので除外。

そうなると猪木vs.斉藤で落ち着くのか、と狐につままれたような結論になりそうな直前で真打をご紹介しましょう。

7時間アイアン・マン・マッチ:ジェイソン・ストライフvs.マイク・コルドヴァ(EPIC WAR 1/8/11)

シングル対決で映像もノー・カットで残っている。
この貴台稀なる試みを紹介してこのコラムを締めたい。

@7時間アイアン・マン・マッチ:ジェイソン・ストライフvs.マイク・コルドヴァ(EPIC WAR 1/8/11)
 まずは2人のレスラーですが
 ジェイソン・ストライフはIWA MS末期のライト・ヘビー級王者でしたね。
 一応現在もそうですけど。
 とはいってもパンクが在籍していた頃と違ってテイラー、リコシェが去った後の末期は
 本当にどインディー状態になっていましたから
 そんな低レベルのレスラーの中で悪くないレスラーとして名前を覚えている程度の選手です。
 一方のコルドヴァは初見。
 ここ数年はオートバイの事故で休業状態だったと聞きます。

 一軒家の庭先にリングを組み立て
 数人の観客を前にこの2人が試合を行なう。
 まずは極めてゆったりと始めます。
 当然でしょうね。
 信頼できる相手と記録を作るという趣旨の対決なんですから。
 しかし極めて形だけを演じている感があり、
 ほんわかスタッフと言葉を交わしたり、
 ただ蹴られただけで股間を蹴られたDQだと馬鹿やったりします。
 サブミッションは一定の重みがあったりと
 ストライフだけでなくコルドヴァもどインディー・レベルの中では悪くない選手なのは伝わってきますけどね。
 40分ぐらい経ち、ドラスクを使ったりと、そろそろレスリングを勝敗に近づけてきます。
 コルドヴァが腕狙い、ジェイソンが脚狙いを軽く織り交ぜます。
 コルドヴァが隙を突くような丸め込みで60分超えた辺りで1本。
 ひどくはないが、これっぽっちも面白さのない内容です。

 それぞれ軽い一極攻めと抵抗を交えて引き続き進行。
 1時間過ぎて口数も少なくなってきましたが、
 まだ中途半端に切るレスリングでしかありません。
 2時間でそろそろ疲れが見えてきましたね。
 それまで基本レスリングでその中にスリング・ショットやドロップ・キックなど基本技を織り交ぜるぐらいでしたが
 ようやく打撃やロープ・ワークを使うようになりました。
 制限なく試合を構成できる条件になればしっかり流れを作れていますね。
 2時間を越えて3本目の決着。
 真剣にやっている時は全然見れるのですが
 どうしても一定時間が経つと軽口や詰まらないユーモアを交えますね。
 スリーパーをかけて子守唄を歌うのとかね。

 綺麗な取り合いで進んでいましたが、7本目開始時に
 連取を狙ってカバーにいこうとしたコルドヴァをストライフが逆に丸め込んでカウント3という演出がありましたね。
 投げで追いつこうとするコルドヴァをストライフが気合で跳ね返し
 気持ちのこもった打撃で3-5に突き放す流れは良かった。
 3時間近くになってくるとこれまでの攻防から
 これなら決まるんじゃないかという技が定まってきます。
 3時間越えて5-5に追いついたところでドラマチックな流れは止まり再びユーモアの誤魔化し。
 まあ代わり映えしないから一時緊張をほぐしてやる配慮自体は良いのですけどね。
 3時間30分を超えて再び真面目に。
 椅子攻撃やプランチャといった見せ場を交えながら技術をぶつけ合います。
 日も落ちて暗くなってきて疲れもたまっていますが
 ワークレイとは比較的維持していますね。
 4時間経過してコルドヴァがシャツを着用。
 1月の寒空の中、屋外でずっと上半身裸だったこと自体が一番凄いことな気がしてきます。

 プランチャ+エプロンに腰からぶつけられるだけでリングアウトになるぐらいの世界観で試合継続中。
 そんな中で5時間前にまたやっぱりおどけてハルク・アップの物まねをしたりする。
 他スタナーやピープルズ・エルボーといったWWE技を出したりと。
 6時間ぐらいの時点で試合開始に戻ってしまったような印象を受けますね。
 13対13で中々動かなかった試合を最後の力を振り絞って大技から決着させ14-13。
 その後試合は動かず規定の7時間が終了しました。
 
 レスラーの能力を最大に発揮し、観客を最大限に楽しませる観点からは
 1時間が最大の時間制限としてふさわしい、と
 プロレスの歴史的経緯が既に検証してきているので
 試合自体はとても良い試合とは言えません。
 7時間ぶっ通しで100%の緊張感、真剣味を保って戦っていた訳でもないですからね。

 試合前のインタビューが1806回再生、試合が始まるPart.1が414回再生なのに対し、
 一番再生回数の少ないPart.32で43回と、
 全てに目を通した人が世界中どこを探しても最大43人しかないという事実がこの試合に対する評価をシビアに物語っている。
 その中の1人である私の意見としても横で流ながらの観戦でも退屈でした。

 しかし一部のシーンでは光るものもあったし、
 ギネス・ワールド・レコードの言いなりにならず、
 自分の考えるプロレスの最長試合、Lewis vs.Stecherの記録を超えるために尽くした努力、
 及びその全貌をYou Tubeで伝える姿勢はきらいじゃない。
 それ故Wrestling Heartはこの試合を悪くない試合程度だと切り捨てつつも
 世界最長のプロレスとして認めたいと思う。

 (執筆日:2/23/12)

注目試合の詳細


試合結果

@7時間アイアン・マン・マッチ:ジェイソン・ストライフvs.マイク・コルドヴァ(14-13)(EPIC WAR 1/8/11)